名古屋高等裁判所 昭和63年(う)39号 判決
所論にかんがみ,記録及び証拠物を調査し,当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに,証拠に現れた被告人の性行,経歴,前科をはじめ,本件各犯行の動機,態様,罪質等,とくに,本件は,岐阜県立高等学校の美術科教師として生徒の教育指導にあたっていた被告人が,妻子のある身で,かつての教え子である原判示被害者と肉体関係を結んだうえ,特殊浴場で稼働するようになった前記被害者から,得た収入の大部分を預金するよう依頼されて預るようになったが,前記預った金員をほしいままに高級外車等の購入費用や他の愛人との遊興費等に浪費する生活を送るうち,前記被害者から一緒に上京して同棲してくれるよう強く迫られ,これを拒絶すると,被告人との関係を勤務先の上司や被告人の妻に暴露すると告げられたことから,その口封じのために前記被害者を殺害しようと決意し,原判示のとおり,自己の勤務する高等学校の美術室内で前記被害者を密閉した木箱内に閉じ込めて放置し,窒息死させて殺害し,その犯行を隠ぺいするために,原判示第二の共犯者と共謀のうえ,前記被害者の死体の入った木箱を原判示第二の屋外中古車展示場まで運搬して,同所で前記死体を焼燬して遺棄するとともに損壊したという殺人罪及び死体遺棄,損壊罪の事案であって,……中略……ところで,原判決がその(量刑の理由)の項後段において,被告人のために有利な事情として掲げる事情のうち,(1)「本件殺人は,被告人がそのように精神的に追いつめられた結果,いわば苦しまぎれに敢行したものとみる余地があり」として,前記被害者にも本件犯行を誘発した原因があるかのような説示をしているが,被害者は,被告人と2年余の長期間にわたり情交関係を続け,被告人に全面的な信頼と愛情を注ぎ,得た収入の大部分を被告人に託していたものであるから,被害者としては,被告人に同棲等を求めることは無理からぬ要求ともいいうるのであって,これに対し,被告人が自己の体面に固執し外聞をおそれた結果,短絡的に被害者の殺害を企図したのは,まことに身勝手であって酌量の余地なく,これを追いつめられた末の苦しまぎれの犯行とみる余地があるとした原判決の説示は,当を得ないというべきである。(2)次に,原判決は,同項の後段で「被告人は,被害者を殺害現場に連れ込んだのちも同女の翻意を願い,説得を試みるなどして殺人の実行に長期間を要しており,犯行を前にしてかなり逡巡していたことがが認められるうえ,木箱に閉じ込めて被害者を窒息死させたのも,金づちなどによる直接的な攻撃が失敗したこともあって冷静に犯行を遂行することができず,そのため不作為犯的な方法をとったものであり,必ずしも冷酷のみとは言い切れない面もある」としているが,なるほど,被告人は,被害者を閉じ込めた木箱を学校の美術室に運び込んだ後,いったん被害者を木箱から出して,東京での同棲を断念するよう被害者に説得していることや,被害者殺害に至るまでかなりの時間を要していることが認められるけれども,その間に被告人が殺意を放棄したとか,殺害を中止したと認められるような行動はなんらなく,被告人は,被害者を殺害する意思を継続していて,その殺害方法についてあれこれ思索をこらしていたため,かなりの時間を要するに至ったもので,このことは,被害者を木箱から出した後も,逃げられないようにするために,被害者の両手首を紐で縛ったり,睡眠薬を強いて服用させるなどし,被害者を終始傍らで監守していたことからも明らかであって,これをもって,被告人が犯行を前に逡巡していたとみるのは,いささか早断のそしりを免れず,しかも,被告人は,原判示のとおり被害者を木箱内に隠れさせ,その中に多量のタオルやクッション等を詰め,前記木箱を密閉状態に置いて,木箱内から被害者が「先生,タオル取って」と叫ぶ声を聞きながらこれを放置するなど,積極的な殺害行為に及んでいるもので,密閉された木箱の中で脱出する方法もなく死を待つほかなかった被害者の苦痛,恐怖は絶大であったと思われ,前記犯行が冷酷かつ残忍であることは何人も首肯し得るところであり,「不作為犯的な犯行であり,冷酷のみとは言いきれない」という説示の趣旨も不可解であって,前記説示の事情を被告人のために酌むべき犯情とすることは失当である。(3)更に,原判決は,同項の後段で「被告人は,……教育熱心な一面も有しており,特に問題のある生徒の指導に力を尽くしこれら生徒から尊敬と信頼を集めていたし,また家庭においても妻に優しく子煩悩であったこと,被告人にはこれまで交通関係の罰金前科が1件あったのみであること,……今回の事件で懲戒免職処分及び教育免許状取上げ処分を受けるなど社会的制裁も受けていること」を掲げて有利な情状としているが,被告人は,妻子のある教職の身でありながら,同僚教師や教え子らと肉体関係を結び,これらの者から金員を得て遊興費に費消するなど,乱れた生活を送っていたものであって,その利己的で反倫理的な行動は軽視しがたいものがあり,教育者としても,夫としても,その寄せられた信頼を裏切っていたもので,本件で懲戒処分等を受けたのも当然のことであり,罰金前科1回しかないことも前叙の生活態度にかんがみるとさほど重視できる情状とも考えられない。(4)また,原判決が同項の後段で「被告人は今回逮捕後しばらくしてからは事実を素直に述べ,拘置所の中で被害者の供養に努めているなど反省の情も認められる」旨説示する点のにわかに左袒できないことは前叙のとおりであって,これを要するに,原判決が被告人のため有利な事情として掲げる諸点は,全面的には首肯することができず,被告人のために酌むべき諸事情を十分に斟酌しても,本件犯行の動機に酌むべき点がなく,殺害行為が計画的であって,その犯行態様も残忍であること,更には結果の重大性や遺族の心境並びに本件が社会に与えた衝撃,影響も大きいこと等の諸事情を総合考察すると,被告人の刑責は極めて重大であって,原判示殺人罪について,所定刑中有期懲役刑を選択して処断するのが相当であるとは到底認めることができない。そうすると,被告人を懲役15年に処した原判決の量刑は,著しく軽きに失し不当というべきであるから,原判決は,その刑を是正するため破棄を免れない。